厚木市小野近辺を流れ、相模川に至る玉川。昭和16年7月の大水害により、現在の玉川へ改修されるまでは、よく氾濫する河川でした。
 このページでは、旧玉川の河川図を紹介します。
旧玉川の河川図(クリックで大きな図)
 左の図が昭和16年の玉川河川図です。高松山に沿って大きく蛇行しながら流れていました。現在と違って河床も浅く大雨が降るとすぐ氾濫していたようです。
 昭和16年7月に2昼夜に渡る大雨によって堤防が数箇所で決壊し、大洪水を引き起こしました。死者8名、家屋倒壊流失30棟余、30余町歩の田を冠水させ、当時の玉川村は再起不能ではないかと言われたほどでした。
(出典:小瀬村初男編:玉川河川洪水史:平成元年9月発行)


現在の地図上の旧玉川(クリックで大きな図)
 左の図は現在の地図上に、赤線で玉川旧河川を示したものです。ほとんどの場所では用水路としてその形をとどめています。過去の水害の様子を思い浮かべながら、お暇なときにたどってみるのもよいでしょう。
(ちず丸の地図に上記玉川洪水史中の資料に基づく線を記入。)


旧玉川の名残を訪ねて順次追加予定
(クリックで大きな写真、地図上の矢印はカメラの視線方向を示す。)
明神池跡地公園
 玉川水系のなかで、農業用貯水池として存在していた明神池。鯉や鮒などがいて子供たちにも親しまれていたようです。現在は埋め立てられ、小ぶりの公園になっています。公園中央には、うーむよくわからないおやしろが建っています。何かが祭られているのだとは思うのですが………。

籠堰橋で新玉川と交差、北東側水門
 籠堰橋の少し北側で新玉川、旧玉川が交差します。北東側には逆流防止の赤い水門が設けられています。左上端の淡いピンクの建物は衛生プラントです。

同じく、南西側取水口
 籠堰橋というくらいですから、ここの堰は籠堰ということになるのでしょう。旧玉川の用水路への取水口が見えます。

愛甲小学校南側1
 宝積寺方面から愛甲小学校にむけて流れる旧玉川暗渠。左上の淡い黄緑色の建物が愛甲小学校です。

愛甲小学校南側2
 愛甲小学校南側から東方向へ東名交差手前まで畑の中を開放水路で流れていきます。コンビニ袋が流れていますが、ご愛嬌。

国道246交差の水門
 国道246号線と交差して潜るところに、水門がつけられていました。ここだけ開放水路になっていますが、この前後は暗渠になっています。

旧玉川に架かる小田急鉄橋
 国道246の少し南側にある小田急鉄橋です。電車が通過するところを取りたかったのですが、時間がなくて取れませんでした。そのうち交換しておきます。


玉川橋
 小田急鉄橋の南側にある玉川橋です。橋の形が唯一残っている場所ではないかと思います。橋とはいえ、下の流れはすべて暗渠になっていますので、昔の面影はありません。橋の上から小さく小田急鉄橋が見えます。

 当時の水害の様子は上記書籍に詳細に記されています。近隣住民のかたは一度目を通されてはいかがでしょうか。厚木図書館、森の里小学校、中学校、玉川小学校、中学校等で見ることができます。
 このページに関連する資料、情報等ありましたらまでご連絡ください。すこしずつでも充実していきたいと思います。

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